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おむつフィッターの皆さんにはおなじみのむつき庵総務・経理 平田亮子さんと浜田きよ子が、むつき庵設立10周年に寄せる思いを語りました。 取材日2013年9月6日。
司会 平田さんは、きっと、むつき庵設立時からのメンバーなんですよね。
平田亮子さん いえ、私が入所したのはむつき庵設立2年目です。
浜田きよ子 最初は総務・経理は、設立メンバーであるリブドゥコーポレーションから出向していただいた社員さんがバックアップしてくれていました。彼女が会社に戻る時に、平田さんと交代になったという感じです。
平田亮子さん 私はむつき庵の情報とはハローワークで出合ったんです。私は前職で、浜田所長の『排泄介護 実用百科 トイレの自立を守るコツ』(ひかりのくに刊)を参考資料で使っていたんです。前職は編集プロダクションで、尿失禁の本を作るにあたって資料として所長の本に出合いました。出典の許可は出版社から頂きましたが、そういう下地がありました。仕事の内容は高齢者とのかかわりで、私はお年寄りが大好きなのでよかったと思っています。実は、かなり強引に採用していただいたんです。
浜田きよ子 私はその面接にはいなかったのですが、自分の仕事を託すという気持ちを持っておられたリブドゥコーポレーションの社員さんからは、「平田さんは良い人で私に絶対合う」と言われていました。知り合いの編集者にも平田さんが良いと言われていたんですよ。
司会 平田さんは編集者なんですね。
平田亮子さん 小さなプロダクションで編集をしていました。ですから、むつき庵に入ったときは介護に関しては素人で何もできなかったけど、とにかくむつき庵で仕事がしたかった。
浜田きよ子 私は経理が欲しかったんですが、実は当時、平田さんは経理経験がなかった。
平田亮子さん その通りでかなりご迷惑をかけたのですが、それでも良いと言ってくださったのですよ。排泄のことも、経理のことも、こんなに深いとは思わなかったですね。
まったく知らないのに、「ここにいて良い」と言われたのはもう、すごく感慨深い体験でした。普通そんなことを言ってくれる会社はない。神様の思し召し、だと思いました。
司会 誰かと出会って、実は、その人が今現在持っているスキルには、そんなに言うほど意味がないということを、浜田さんはなぜそのことを受け入れることができたのでしょうか。
浜田きよ子 経理で募集したので経理のスキルはほしかったですが、でも、出会ってしまえば、この人にここにいてほしいと思ったりとか、この人にしかないきらりと光るものを見てしまうと、もうその人が経理が得意ではないからという理由で、この人に去っていただくということはできないでしょう。
とはいえ、経理はできないと困るから、習ってもらって、覚えてもらうしかないから、学校に通っていただくことにした。正直、手広く商売をしている事務所ではないし、会計事務所もフォローしてくれているし、バックアップしてくれる方々との連携がうまくできれば、何とかなるという気はしていました。
平田さん以外の人なら、ひょっとしたら、その出来無さ加減が気になったのかもしれないが、私は、やめてほしくない魅力を平田さんの中に見つけてしまったので、今に至っています。
司会 あんまりそういうことを言っていると、平田さんが泣いてしまって話ができなくなるんですが…。
平田亮子さん 所長の言葉はいつもなぜか心に響く。声も響くし、言葉も響く。すでにちょっと泣いてます。
司会 全員でしんみりしてきましたね。
浜田きよ子 気分を変えて元気に続けましょう。それで、簿記の学校に通ってもらったんです。
平田亮子さん 税理士の先生が「そんなの簡単だよ」と言うので、そうなんだ、簡単なんだと思っていたんですが、違いました。
今まで何かやっていれば用語もわかったのでしょうが、下地が何もなかったので、2年越しで簿記の2級を取得しました。もう5年前くらいの話です。
浜田きよ子 平田さんは仕事が終わった後に学校に通いました。
司会 平田さんの9年という時間で、どんな変化があったのでしょう?
平田亮子さん とにかくちょっとだけ前職で尿失禁のことを調べたとはいえ、実際にここに来れば用具などもそろっていて、面白かったです。スタッフが少ないですからそれぞれの役割はあって、私は用具説明の担当になりました。用具については覚えて、説明できるようにしたいと思いました。知るとは面白いことだと思いました。仕事にもちゃんと役に立っていますし。
浜田きよ子 おむつフィッター研修3級の時には、平田さんが用具の説明担当者ですから、とても勉強してきたんです。
司会 9年前のオムツフィッターさんは、今はもう1級などになっている方が多いですよね。
浜田きよ子 3級で終わっている方ももちろんおられますので、人それぞれです。でも、何が違うのかというと、おむつフィッターって、9年前は誰も知らない資格だったんです。知らない所に乗り込んでいくくらいですから、当時はいわゆる個性の強い人が多かった。そのあたりは、大きな変化で、今はそういう個性的ではない人も増えた。良し悪しではなくて、そういう変化は社会的認知によって起きたことでしょうね。
平田亮子さん 9年前には、今のようにいろんな人につながっていくとはまったく想像できなかったので、むつき庵の活動は客観的に見てすごいと思います。
司会 最近のむつき庵の動きでいうと、「オムツフィッター」を「おむつフィッター」に統一したり、「排泄総合研究所」を「はいせつ総合研究所」に修正したりという、言葉に関する大きな出来事がありました。言葉が持っている微妙な違いについて、方針は浜田さんがご決断になられることですが、大局に立った判断の基準みたいなものは、これはむつき庵を取り巻く優秀な方々が言及するまでもなく、むつき庵内部でお決めになられることですよね。
平田亮子さん 排泄は、まさにそのとおりですね。おむつの表記は、それは日本語だから。ということです。
オムツフィッターはもともと「おむつフィッター」で商標登録されていますので、10周年を期に正しい表示に戻しました。
司会 はいせつは、ひらがなじゃないと意味がないですか?
平田亮子さん 漢字の排泄は、排除する、切り離す、というイメージが強いでしょう。
司会 物事の選択って、例えば東北がそうですが、震災後に東北と関わると決めた人には、それを決めた人にしか見ることができない未来がスタートするじゃないですか。関わらないと決めた人には、いくら格好良いことを言っても東北の人と一緒に見る夢は、まず与えられない。同じように排泄というものは、関わると決めた人には、決めたとたんにワアっと広がる未来があるでしょう。
浜田きよ子 排泄の字に関しては、はじめ、漢字でした。排泄は食べること、動くこと、生活すべてにかかわるんですが、しかし、選択について言えば、私たちはいつの間にか、狭義の意味での排便排尿を意味する「排泄」しか選んでこなかったということに気がついたんです。その文字に思いが引きずられる。排泄にすると、身体から出すことにばかり目が行ってしまう。出すことだけでなく、人が生きることの意味を持つために、はいせつにした。文字の形が縛っていた言葉の意味を解放したかった。
司会 言葉から本質を解放したいというのはとても浜田さんらしい感性で、そこを行動で表現していただくのはとても痛快ですよね。
司会 おむつフィッターさんは、9年前と今とでは変化はありますか。9年間という時間を一緒に生きてきた人の変化について語ってください。
平田亮子さん 最初は研修を受けたらそのままフェードアウトする方も多かったのですが、年を重ねるごとに、かかわる方が増えて、おむつフィッターへの認識が広がっていることが体感できています。むつき庵と何か一緒にしたいという方も増えていますし、むつき庵が心のよりどころになっているとおっしゃる方も多いのです。
同じ思いをもつ人たちと交流できるのは本当に幸せだと言われます。
現場では一人で頑張るしかない状況の方が多く、皆さん時として落ち込んでしまうんですが、でも、ここに来れば思いを同じくする人に出会えて、またがんばろうと思える。研修にはその意味で感謝しているというお声をいただきます。
司会 3月の第三回実践報告会では、皆でがんばって施設を改善しているという報告が多く聞かれました。
平田亮子さん 研修を何年もやっていると、最初に来られていた方が施設の同僚に研修を推薦されるケースが多いです。その結果、職場に仲間が増えて、孤軍奮闘ではなく、取り組みやすくなっているのだと思います。
司会 基本的なことですが、むつき庵に相談に来られるのは、1年に何人くらいですか?
平田亮子さん 約400人くらいでしょうか。
司会 私は以前、むつき庵で、北陸から相談に来られている男性に出会いました。
平田亮子さん 静岡などからもお見えになられます。
司会 切実だから来られたんでしょうね。
平田亮子さん 切実なご相談だけではないんです。むつき庵を一度見ておこうということもよくあります。
司会 日本各地に福祉用具の展示場はあるんですが、やはりむつき庵の雰囲気とは違う。これは何が違うのかなと思います。
平田亮子さん 家の中においているというのが大きいでしょう。展示場ではない。生活空間の中にあることでが、この雰囲気をつくっていますから、同じ製品を展示場とむつき庵で見比べると、まったく違う印象にもなることもあります。
司会 メカニズムとしてのはいせつを考える、解明していくという流れがあって、浜田さんはそれだけでなく、暮らしを見る。ということを話されます。暮らしを見ることがない大人も少なくないですが、そういう部分にどう切り込んでいくのか。むつき庵ファンは、そこにも期待していると思います。
浜田きよ子 私たちも医療的な身体機能などには大変関心がありますよ。
でも、私たちが大事にしたいといけないのは、治る明日だけを追い求めるのではなく、治らない今を大事にするということ。福祉用具などを使うことによって、今を大事にしていく。この価値観は医療従事者ではなかなか伝えられない部分があります。
医療従事者の役割は体をちゃんと見ることで、それをやるという宿命がありますから、ほかの事を大事にするのはなかなか難しい、違うことをするくらいなら体をちゃんと見てほしいということも事実です。そこは、専門家にお任せします。だけども、たとえば前立腺がんの手術後に、尿漏れがひどくて困るというケースの場合、医療としては終了している。でも暮らしには不自由がある、こういうときはサポートする必要がある。そういった取りこぼしてきた部分を大事にする。
結局は、専門性が集まっていけば人の暮らしが見えるのかというと、そうでないことも多いのです。専門性で切り取ってしまうとその人の生活や存在は、見えなくなります。われわれはその人を見ることからはじめようと考えます。
介護はする人とされる人の関係の中で作られていくから、自分が変わると相手も変わるということを知ることから始まるんです。
研修でよく質問されるのは、「どうやったら漏れないですか」ということ。これは残念ですけど、どう包んだらお茶の缶がきれいに包めますか、という質問に近いんです。人は生身で生きている。正しい答えは私たちがわかっているとは限らない、それは、当事者間でのみわかることだから、そこを考えようということをお伝えしています。人はモノではない。ということが伝わっていないこともあります。
多くの人は、介護の問題はテクニックの問題で、どこかにマニュアルがあると思っている。不快でないことは良いことなので、一定の基準はありますよ。でもそんな基本を押さえたらその先には、人の暮らしをどう見るかという大事な問題があります。
司会 むつき庵はこれからどんなことをしていきたいですか?
平田亮子さん 研修をして輪が広がって、ちゃんと人を見る人が増えていくのが願いです。
あと、所長が行動しやすい環境を作りたい。雑事で所長の身動きが取れなくなるのが申し訳ない。より知恵が湧き出るように、自由に活発に動いていただきたい。
浜田きよ子 むつき庵の規模は大きくしません。細々と行きたいんです。ミニむつき庵、おむつフィッターさんはどんどん自分らしく仕事ができて大きくなってほしい。
でも私自身は細々とやりたい。スタッフの皆が、のびのびと働ける組織のサイズのままが良いんです。働くのは大事な人生の時間ですから、少しでも有意義であってほしいです。そしてまわりはどんどん大きくなってほしい。
司会 浜田さんは、はじめから一貫して社会派。社会派の人が会社組織を運営している、とても珍しい存在です。普通の会社では、幹部といえば外部の意見をシャットアウトする人が多くて物事が動かなくなる原因を作っていたりしますが、むつき庵ははじめから社会派で、幹部たるむつき庵の皆さんが縁のもとに動いているので、そのような停滞を招かない。ここが他の会社と違うところですよね。
ところで、今、浜田さんは、順調に2年に1回くらいは本を執筆されています。
平田亮子さん 私からの思いとしては、浜田所長の思いを語っていただける本が増えてほしい。『介護をこえて~高齢者の暮らしを支えるために』(NHKブックス)の、今の時代ならではの続編がほしいと思っています。
司会 そもそも、それがむつき庵もおむつフィッターも活動の根本ですよね。
平田亮子さん ですから、そこを社会に知ってほしいんです。
10周年という記念に、むつき庵と関わっていることをとてもうれしく思いますし、またその理念というものがより伝わるように、私も努力したいと思います。
――Fin.
司会/本サイトウェブマスター
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